メディアを脱ごう。ラジオをつけよう。

56月 - による yuichiro ikeda - 1 - PR・広告

今日も家に帰ると、パソコンを開く。
ニュースのトピックスを見て、世の中を知った気になる。
気がつけば、延々と時間が過ぎている。
このむなしさはなんだ。
誰でも手に入る。なんでも手に入る。
そんな情報に価値はあるのだろうか。
そう思いながら、そこから抜け出せないわたしがいる。
情報を着飾ったつもりのわたし、さえいる。
これでいいのか。
気分を変えるために、部屋を整理しながら、
ラジオを聴いた。
すると、そこには
本音の言葉が行き交っていた。
久々に、身につけていたものを脱いで、
こころから、解放された気がした。

メディアを脱ごう。
ラジオをつけよう。

朝、目覚める。メールをチェックする。
顔を洗って食事をする。またメールをチェックする。
だめだ。自分に負けている気がする。
これって、本当の自分なんだろうか。
ほんの少し前まで、
こんなわたしではなかった、気がするのに。
メディアに依存しているだけでは、
ほんとうの未来はない。
と、わたしは、もう知っている。
だけど、ひとりぼっちは、つらい。
ならば、わたしをそっと励ましてくれる、
ラジオは、どうだろう。
そうだ、ラジオをつけて、
いまより少しだけ、自分らしく、
生きてゆこう。

メディアを脱ごう。
ラジオをつけよう。

今日も空の上を、ケータイの電波が行き交う。
今日もネットでは、芸能人の情報が跋扈する。
うわべだけの当たり障りのない情報。
みんな、ほうとうのことを言わない。
なにを、おそれているのか。
みんな、なにかに遠慮をしている。
なにを、守りに入っているのか。
そこに、わたしは、いるのだろうか。
そこに、わたしたちは、いるのだろうか。
みんなに、心、があるのに。
そこに、思い、はいらないのだろうか。
そろそろ、本音、を伝えるメディアを
身に着けてもいい頃ではないだろうか。

メディアを脱ごう。
ラジオをつけよう。

ここ最近数ヶ月ごとに行われている、TBSラジオの広告です。

以前、朝日新聞の「ジャーナリスト宣言」(#1#2#3)について取り上げたけれども、なんかあまりかわらない?

メディアが、メディアについて語るのってコピーでいいのかな?そんなかっこいいものなのかな?

“メディアを脱ごう。ラジオをつけよう。” への1件のフィードバック

  1. 山手線の車内にて

    帰りの山手線の車内、ドアに貼ってあった広告の文章が目に入りました。
    今日も空の上を、ケータイの電波が行き交う。
    今日もネットでは、芸能人の情報が跋…

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