辺野古海上ヘリポート建設のいま

189月 - による yuichiro ikeda - 0 - 沖縄

2000年に訪れてからこんなに急激に変化するとは思わなかった。

アジア最大の米国海兵隊基地普天間基地の返還後の代替基地として海上ヘリポート基地の建設案が浮上している辺野古(「へのこ」と読みます)沖での動きが活発になってきています。

辺野古海上ヘリポートとは(計画の経緯)(WWFジャパン絶滅のおそれのあるジュゴンの生息域における米国海兵隊の軍事空港建設計画に反対する声明より引用)

1996年に日米両政府は、宜野湾市の中心部にあり最も危険な軍事空港と言われる普天間飛行場の代替施設として、辺野古に軍事空港を建設することに合意した。1997年の最初の代替施設案は、辺野古沖にポンツーンまたは杭式桟橋方式で、海兵隊が使用する「海上ヘリ基地」(1500m×700m)を建設する案であった。しかし、この案は、1997年12月の名護市民投票で否決され、当時の沖縄県知事も拒否した。次の2002年7月の「軍民供用空港」(2500m×730m)は、辺野古沖のサンゴ礁や海草藻場を大規模に埋め立てる計画であった。この計画も反対住民や支援者の座り込み行動、IUCN勧告など環境団体の国際的な活動によって事実上中止になった。

しかし、2005年10月以降、キャンプ・シュワブ沿岸部でのいくつかの案が示され、2006年4月に地元の名護市長は防衛庁が示した新沿岸案(1800m滑走路2本)に同意し、この計画が5月1日の日米両政府の最終報告書に盛り込まれたのである。しかし、琉球新報、沖縄タイムス両者の世論調査では、ともに約70パーセントの沖縄県民がこの計画に反対している。

オーバーランを含めて1800mの滑走路を2本持つ新沿岸案では、辺野古側のサンゴ礁海域の浅瀬と大浦湾側の深い海域の両方が埋め立てられることになる。完成予定は2014年で、環境アセスメントに3年、埋立等の工期に5年が見込まれている。この軍事空港では、ヘリコプターだけでなく垂直離着陸機(オスプリ)および固定翼機の訓練が想定されているという。また、大浦湾側には軍用船舶の埠頭が設けられる可能性も指摘されている。そのため、もしも計画が実行されると、自然環境およびジュゴンへの影響は、埋立工事による直接の脅威とその後の軍用機の演習、船舶の航行による脅威とが継続して発生すると考えられる。

最近の動き

上記の通り、初期の段階では海上にのみ建設する予定だったが、キャンプ・シュワブ内の兵舎地区も利用して基地を建設する計画が進んでいるため、兵舎の移転が必要となっている。その兵舎移転先が文化財の埋蔵の可能性があり、分布調査が必要となり。実行されようとしている。

キャンプ・シュワブ14日から文化財調査/兵舎の移転先 市教委が現地踏査

【名護】在日米軍再編に伴う名護市キャンプ・シュワブ沿岸部への普天間飛行場の代替施設建設に向けた兵舎移転の前段階として、名護市教育委員会が十四日に埋蔵文化財の分布状況などを確認する現地踏査に着手することが十一日、分かった。

調査は、辺野古崎にかかる代替施設建設予定地外にある兵舎の移転予定地で行われ、兵舎二棟分の敷地に当たるという。同教委は「具体的な場所、範囲の説明は受けていない。現場を確認し、文化財の有無について政府の照会に回答したい。文化財が確認されれば計画変更を求める場合もある」としている。

代替施設建設予定地の調査については、「現時点で政府からの照会はない」と説明。「予算などの関係上、早くても来年度以降になる」との考えを示した。政府は、普天間代替施設の建設に伴い兵舎移転の必要があるため、移転先の配置や移転規模を確定する現況調査を今月五日からシュワブ内で行っている。市教委によると、キャンプ・シュワブ内には沖縄貝塚時代後期(約千七百?一千年前)とみられる思原遺跡、思原石器出土地、思原長佐久遺物散布地、大又遺跡の四カ所が確認されている。このうち三カ所が代替施設建設予定地にかかる可能性があるとされている。

政府が建設工事に着手する際は、文化財保護法に基づいて分布を調査し、破壊の恐れがある場合は、記録保存のための本格調査が必要になる。

【沖縄タイムス】

「文化財は、市民県民の大切な財産だから、きちんと調査し、保護・指定されなければならない。しかし、この調査は防衛施設局が進めているもので、基地建設を前提としたものであるのは明らかで、基地を建設するということを既成事実にされてしまう。そのため、調査を止めざるを得ない」というのが反対行動の意見だ。

2000年に大学の平和学習でこの浜を訪れたことがあるけれども、たった6年でこんなに話が進むとは全く思っていなかった。そのときに「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」に加盟したもののその後具体的な活動がなかなかできないでいる。東京で行われる活動に参加したことはあるけれども、やはり地理的にも現地に行くのはなかなか大変で。

ということでヤマトに住む僕は少しでも多くの人にこの実態を知ってもらうための「広報活動」をしたいと思って今回のエントリーを書いた。ヤマトではほとんど基地建設問題の報道をされることはない。だからこそ一人でも多くの人に知ってもらうためにはこうした「行動」も必要。

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