Archive for the ‘Qualia’ Category

Caran d’ Ache

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先日のWireless Mighty Mouseのエントリーに書いたけれども、僕にとって入力機器(僕を主体に考えたら出力機器とでもいうのか)をとても重要視している。僕が直接繰り出すものや直接受け入れるものにだ。

ただ、そのこだわりには2面性があって実用性つまり性能や機能を重視する部分とデザインを重視する部分だ。

よく、機能とデザインは共存できないといわれる。機能性を追求したものにデザインを求めるのは無理だし、デザインを追求したものに機能を追求するのは無理だという理論だ。機能が優先されていればまだ使い道というものがあるが、デザインだけを追求して実用の面で問題が多すぎて結果的にあまり売れない商品となると、もうどうしようもない。そんなデザインだけ重視で買ってみて結局使っていないものは自分の部屋のいたる所に見える...

でも、デザインは先にデザインがあるのではない。新しいデザインを考えるにしてももともと形のあるものを崩すことから始まることは多い。それじゃあ、機能ありきのデザインはどうなるかといえばとってつけたようなものになるのは目に見えている。

それじゃあなにかといえば、そのものを使うのに本当に必要な機能のコンセプトが必要なんだと思う。機能だけ、デザインだけが独立しているものではない。通常のデザインではこの機能には2つの部分に分けられるが、こんなデザインをすれば一つのデザインで二つが実現できる。とか、機能が歴然としてあっては生まれ得ないデザインが、コンセプトという段階でおさまることで、新しいデザインが創造できる。

そうやって作られたものの、実に美しく使いやすいことか。

「機能美」という言葉を遙かに超えた使いやすさと見た目とを現実ものとすることができる。

Caran d' Ache

この万年筆は、Caran d’ Acheというスイスのブランドものだけれども、一目見ただけでもそのシンプルで、深いデザインに惹かれてしまったが、実際に書いてみたときにはそのなめらかさはなかなか味わえない楽しみが生まれてしまう。ペン先のなめらかさと適度な堅さ、ペン全体の重心のバランスの良さ、ほどよいキャップの重さ、そして持ち味。パソコンに出力することが多いけれども、言葉を大切にすることの根底には文字を大切にすることもあると思っているので、この万年筆で書いてみたい文字があってもいいが、文字をこの万年筆で書いてみたいと思ってしまう。

先日青山一丁目にある書斎館という万年筆点にいったときにはすっかり忘れて他のものを探してしまったが、自分に一本持っておきたい万年筆の一つだと思う。ちと高いが。ちなみにボールペンもある。

*Caran d’ Ache

http://www.carandache.ch/

Written by DreamSky

8月 1st, 2006 at 11:56 pm

Quest Qualia

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月末にふさわしいネタが見つかったのか、ネタが月末にふさわしいのかよくわからないけれども 哲学のたぐいが苦手な僕が珍しくまともなことを考えてしまいました。

クオリアという言葉があります。Qualeの複数形でQualiaです。

単純にいえば質感を意味する言葉なのですが、ひょんな事からこの言葉がいかに深い意味を持つ言葉なのかを知ることとなりました。

クオリアの持つ意味を説明するのは僕には到底出来ないけれども、ある文献から引用すると、

クオリアとは、「赤の赤らしさ」や、「バイオリンの音の質感」、「薔薇の花の香り」、「水の冷たさ」、「ミルクの味」のような、私たちの感覚を構成する独特の質感のことである。

質感とはよく言ったもので、ものがそのものである状態を表象された状態を表していることばだ。

クオリアの中には、階層構造がある。クオリアが階層的に集合して、より複雑な表象(representation, Vorstellung)が生じる。例えば、ガラスの透明な質感や、ガラスの表面の色はクオリアであり、このようなクオリアが集合して、「コップ」という表象が構成される。

赤が赤であることやバイオリンの音色がそれであることがわかるということはデジタル情報技術が発達した現在では、色を光の周波数としたり、音を振動による周波数などの数値に置き換えたりすることで伝達する手段を持ったが、それはあくまでも自然科学の面から分析したにすぎない。赤が赤らしいということは人間が作り上げたものだ。

ただし間違えてはいけないのが、普遍的なことを説明しているのではない。たとえば、1はなぜ1なのかとか言葉では説明できない理屈なしに決まっていることを表すものではない。

もしかしたら、僕の解釈は全く間違っているのかもしれないけれども、これこそが人間が人間の脳を持ってしてその価値を生み出している根源の一つだと思う。上に引用したようにクオリアはそれ一つでも成り立つけれども、複数のクオリアが集合したときより複雑にそしてさまざまなものを表象させる。

僕が引用した茂木健一郎草稿のクオリアマニフェストでは、クオリアと主観性との密接で切り離すことが出来ないふたつの基礎を明らかにすることにより、自然科学だけでなく、人的文化にも大きなインパクトを与え、ひいては人間とは何かという問いに答える鍵になるとしている。僕にはクオリアと主観性との関係を頭の中で進めていく能力はないので、その点は茂木先生にお任せするとして、自分がクオリアを感じたと思うことを残すことは出来るなと思った。

ということで、急遽カテゴリ「Qualia」を作りました。さらには、サーバー移転ともかねて、ブログの副題を「Quest Qualia」に変更しバージョン3になりました。

クオリアの解明に寄与するというよりは、人間として生きているからこそ感じることが出来る、「赤が赤であること」をきちんと感じるためにこういう事を試してみようと思う。個人的には、http://www.dreamsky.jp/qualia/とでもしてブログを別に作りたいくらいの内容だけれども、しばらくはこのまま一緒に放り込んでいくことにします。

よかったらこれを読んだ皆さんも是非自分がクオリアを感じた時にコメントやメールをください。それをどんどん集合させて行きたいと思うので。音、色、言葉、味、においなどいろいろありますから

Written by DreamSky

5月 31st, 2006 at 9:39 pm

Posted in Qualia,ブログ