Archive for the ‘ことば’ Category

ジャーナリスト宣言2

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先日のエントリーで、朝日新聞社が創刊127周年のキャンペーンとして展開している「ジャーナリスト宣言」の広告文についてエントリーしました。

このキャンペーンの背景として、NHK番組改変問題や朝日新聞社会社の虚偽メモに基づく報道などの問題があります。
このキャンペーンホームページに掲載されている背景のないメッセージは企業の方針やガバナンスの現われとして一定の評価をしたいと思うし、コピーとしてはよくできたものだと思います。

が、街中で見る同キャンペーンの広告には写真が使われています。
これを僕なりに解釈すると、自社のホームページではキャンペーンの背景として、「信頼される報道」というテーマが大きくあると書いており、それに対する一企業としてのこれからの方針を公にしている一方で、街中の広告には、新聞報道という一般論に話を押し下げて、単に言葉によるジャーナリズムに対してこれからも、精力を注ぎますというふうに取れます。

さらに、使われている写真は大量の象牙が焼却処分にされている(おそらく密輸されたものを没収したところ)場面や、9.11のビル崩壊現場といった写真です。報道写真としては衝撃的な写真ですが、「言葉が残酷で、無力だ」としているコピーとともに掲載するメディアとしては明らかに不適切で、広告として成り立っていないと思うのです。

このまま受け取るなら、「言葉は残酷で無力だから、写真に頼らざるを得ない。」「広告にしてみてもやっぱり強烈な写真があったほうが目を引くから」というふうに感じてしまう。

1つは、媒体によってまったく受け取られ方が違う広告を行っている。
2つは、本来主張しようとしていることとは異なる力を使って主張している。要は、真っ向から勝負しようとはしていない。つまり、自社の起こした報道姿勢を問われる事件に対する答えがこれ。
という2点について、朝日新聞社には非常に落胆した。
勝手な意見ではあるけれど、広告の見せ方が閲覧者にどういう印象を与えるのかというひとつの意見として自分に記憶させておきたいと思った。

Written by DreamSky

2月 3rd, 2006 at 5:08 pm

ジャーナリスト宣言

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言葉は
感情的で、
残酷で、
ときに無力だ。
それでも、私たちは信じている
言葉のチカラを。
ジャーナリスト宣言。
朝日新聞

Written by DreamSky

1月 31st, 2006 at 11:30 pm

ウィンタースポーツを消さない。アスリートを消さない。

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IOC広告

地球が暖まる。

ウィンタースポーツが消える。

私の夢が消える。

ーーー上村愛子

2005年10月。上村愛子はジュネーブで困惑していた。

トレーニング予定地であるフランス。ティーニュのゲレンデが、十分な積雪量と雪質を確保できなかったのだ。彼女はキャンプ地を急遽変更し、スイス・ツェルマットへと向かった。

今、アスリートたちの冬季キャンプ候補地は、年々減っている。このまま温暖化が進めば、彼女たちの戦いの場はおろか、ウィンタースポーツ全てがこの地球から消えてしまう。

(読売新聞 2006年1月25日朝刊20面 全面広告)

Written by DreamSky

1月 25th, 2006 at 11:42 pm

Dreamy Parple

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夢は寝ている人が見るものじゃない。
No sleepyhead will see this dream.
僕はアラスカにいた。生まれたてのオーロラが眼前に揺らめく。
いったいどれだけのエネルギーが地球に降り注ぐのだろう。
「少しだけ分けてくれ」と、こっそりお願いした。

*新生銀行32色キャッシュカード今月の色「Dreamy Parple」より

Written by DreamSky

1月 4th, 2006 at 11:22 am

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天皇人間宣言

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ちょっといつもと趣向の違った話題だけど、1946年にタイムスリップ!
ちょうど60年前のおととい、天皇による人間宣言が行われた。正式には名称はないけれども、公文書館では「新日本建設ニ関スル詔書」と呼ばれている。
1946年の元旦に行われたこのいわゆる人間宣言において、昭和天皇は自ら天皇の神格性を否定し、戦後の復興に向けての団結と平和国家建設を呼びかけた。
その当時の草案やメモが見つかったという記事があったのでこの話題を取り上げてみた。
どんな内容かはPDFでみてください。
僕がエントリーしたのは、その草案やメモが重要なのではなく、人間宣言そのものの考え方に新しい発見があったから。
「天皇を現御神とし、他民族より優越するなどという各観念から生じたものではない」としたところが新しい発見だった。
天皇が神格化されていたのは事実だけれど、他民族より優越するという観念が架空にしても作られていたということは知らなかった。これは日本国国民が臣民であり、天皇は神だから国民は神の子であるという考えならまだわかるが、優越しているという考えがあったとは知らなかった。
これでは三国同盟を結んだ、ドイツと同じじゃない。彼らは、自分たちが優越した人種で、ユダヤ人は自分たちの存在を危うくする下等な民族としたわけだけどこれと同じ。
天皇の人間宣言から知るとは思わなかった。


人間宣言の本文(現代語訳化してある)
(http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/ninngennsenngenn.htmより引用)
ここに新年を迎う。顧みれば、明治天皇、明治の初、国是(こくぜ)として五箇条の御誓文を下し給えり。
曰く。
1.広く会議を興(おこ)し、万機(ばんき)公論に決すべし。
1.上下心を一にして、盛んに経綸(けいりん=国家をおさめととのえる方策)を行うべし。
1.官武一途庶民に至るまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まさらしめんことを要す。
1.旧来の陋習(ろうしゅう=悪い慣習)を破り、天地の公道に基づくべし。
1.智識(ちしき)を世界に求め、大いに皇基(こうき=天皇が国を治める事業の基盤)を振起(しんき=ふるい起こす)すべし。
叡旨(えいし=天子の考え)公明正大、また何をか加えん。朕はここに、誓を新たにして国運を開かんと欲す。すべからくこの御趣旨に則り、旧来の陋習を去り、民意を暢達(ちょうたつ=のびのびしているさま)し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生(みんせい=国民の生活)の向上を図り、新日本を建設すべし。
(中略)
しかれども、朕は爾(なんじ=主に目下の人に用いられる)等国民とともにあり、常に利害を同じうし、休戚(きゅうせき=喜び悲しみ)を分たんと欲す。朕と爾等国民との間の紐帯(ちゅうたい・じゅうたい=社会の構成員を結び付けている血縁・地縁・利害などのさまざまな条件)は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、たんなる神話と伝説とによりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつみがみ)(現人神=あらひとがみ⇒人の姿をして、この世に現れた神。天皇をいう)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族にして、延(ひ)いて(さらには)世界を支配すべき運命を有すとの、架空なる観念に基づくものにもあらず。
朕の政府は、国民の試煉と苦難とを緩和せんがため、あらゆる施策と経営とに万全の方途(ほうと=方法)を講ずべし。同時に朕は、我が国民が時難に蹶起(けっき=勢いよく立ち上がること)し、当面の困苦克服のために、また産業および文運(ぶんうん=学問や芸術)振興のために勇往(ゆうおう=いさんでいく)せんことを希念(きねん)す。
(中略)
一年の計は年頭に在り。朕は、朕の信頼する国民が、朕とその心を一にして、自ら奮い、自ら励まし、もってこの大業を成就(じょうじゅ=物事が思いのとおり完成)せんことを庶幾(こいねが=しょき)う。


この年から、毎年正月に一般参賀が行われるようになった。
ちなみに昨日行われた皇居の一般参賀で、天皇陛下は以下のような感想を話されています。

昨年は,終戦から60年の年に当たりました。先の大戦では日本人310万人が亡くなり,また,外国人にも多くの犠牲者が生じました。私どもは戦争で亡くなった人々のことを決して忘れることなく,この多くの犠牲の上に今日の日本が築かれたことに思いを致さねばなりません。
暮れになって降り始めた大雪で,各地で大きな被害が生じています。そのために20人を超える人々が亡くなったことを本当に残念に思います。自然災害の被害を受けた地域で,避難生活を続けている人々のことが案じられます。また,帰島を果たした三宅島の人々,帰島を果たせずにいる人々が共に健康を保つよう願っています。
新しい年が皆一人一人にとって幸せなものであることを祈り,より良い社会を作るために皆が助け合って力を尽くしていくことを心から念じています。

一般に向けては

新しい年をともに祝うことをまことに喜ばしく思います。
年頭に当たり、国民の幸せと世界の平安を祈ります。

と話された。
平和ではなく平安なんですな。

Written by DreamSky

1月 3rd, 2006 at 2:30 am

Posted in ことば,沖縄

Think Different

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クレージーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
四角い穴に丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち
彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。
彼らの言葉に心をうたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし、彼らを無視することは、誰にも出来ない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。
彼らは人間を前進させた。
彼らはクレージーと言われるかが
私たちは彼らを天才ただと思う。
自分が世界を変えられると
本気で信じる人たちこそが
本当に世界を変えているのだから…。
Think different.
アップルコンピューター

**************************************
数年前に米国で行われたappleコンピューターのキャンペーンCFより
動画はこちら(要MPEG再生ソフト 10M)

Written by DreamSky

12月 10th, 2005 at 6:39 pm

迷える羊

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人間は、努力する限り、迷うものだ。
ゲーテ 「ファウスト」

Written by DreamSky

11月 21st, 2005 at 5:13 pm

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Professional-2

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部屋の整理をしているときにとっておいた新聞を発見
この前投稿したProfessionalの定義に関するもので2個目だけども、俳優で寺尾聡(正確には漢字が違いますが)という人がいますが、皆さんご存じの通り長く黒沢監督の映画に出ている俳優です。
彼が、読売新聞の土曜版でインタビューされていた中のもの

「『プロなら一枚で決められるはずだ』写真撮影の途中、夢中でシャッターを切るカメラマンに、そう語りかけた。『黒沢監督の映画で自分から、もう一回、今の場面を撮り直してくださいとは言えないよ。写真も演技と同じようなところがあるでしょう。本当は録音する必要はないんじゃないかな』」

とてもいろいろな意味を含んだ言葉だと思うけど、プロがプロに対して思うプロとしての像、プロじゃない人がプロに対して思う像。ぞれぞれが同じであって同じではない。
プロってなんなんでしょうね...

Written by DreamSky

11月 12th, 2005 at 6:48 pm

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Professional-1

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正直言ってここんとこ納得のいくネタがありませんわ
先週末当たりに立て続けに書きすぎてネタ切れ...
と、ふと少し前のことを思い出して「Professional」の定義について覚え書き
(僕にとってはとても重要な定義なのに、思い出すのに10分はかかったので心配になって覚え書きに)
僕にとってのProfessionalの定義は「物事の解決の方法や手段を知っていること」。
Professionalって要はプロだから、ある事柄を生業にしてそれでご飯にありついてる人のことですが、そりゃ仕事の内容ってそれぞれちがうから一概にはもちろんいえないんだけども、ある問題にぶち当たったときにその道のプロでなければ、最善の解決法は知らないと思うわけです。
たとえばカメラマンなら、カメラを向けられるとモデルがついつい自分の内面を出してしまうという天性のような人がプロともいえますが、こういう状況下でこういう写真を撮ってほしいという依頼があるときに、非常に難しい条件でも自分の経験や思考でこうやれば実現ができるのではと考えることは誰にでもできることじゃありません。
でも、逆に考えるとサラリーマンが就職以来この道一筋ですといったときに、問題を解決できることもプロだといえてしまうのですが、それでは結構誰にでもできてしまうので、誰も経験したことがない問題が発生したときという条件も付くわけです。
「知っていること」と書いたけれども、もちろんこの知るとはわかるという意味で、対処できるという意味で使ってます。
こうなると、本当のプロと呼べる人って日本にはどれくらいいるんでしょうか。
自分も目指していますが、もうすこしその領域にちかずいたらこの定義について、改めて考えてみるとおもしろいかも。

Written by DreamSky

11月 10th, 2005 at 11:55 pm

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