Archive for the ‘My Opinion’ Category

【映画】ヒア アフター

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こういう映画は久しぶりに見た。なんと表現していいのかなかなか整理がつかない。

「ヒアアフター」とは「来生」のことだ。生きている人間から「死の世界」扱うとてもスピリチュアルな内容であるにも拘わらず、「こういうものだ」という強制的な刷り込みがあるわけでもなく、同じ生きている人間のとても等身大の悩みや思いをストレートにそして一つずつ紡いでいるという感触だった。

この映画は、しばらく前にロードショーのチラシを見たもののいつの間にか忘れ去ってしまっていた。ちょうど、今週からiTunes Music Storeでレンタルと販売が開始されたのをきっかけに見てみた。冒頭にCGでありながらも非常にリアリティのある津波に襲われるシーンがある。日本での映画の公開が東日本大震災の直前というタイミングだったそうで、非常にタイムリーな映画だった。(震災によって公開中止になったほどだ。)クリントイーストウッド監督作品、マットデイモン主演作だ。

死者の世界と繋がりを持ち、死者と会話することが出来る特殊な霊能力を持っていることに強い悩みを抱えている主人公ジョージ、ジャーナリストで津波に襲われるというまたとないスクープを経験したものの、水に飲まれた中で見た世界(臨死体験)について、真剣に追い求めようともがくマリー、薬物中毒の母親を持ち、仲のよい双子の兄を不慮の事故で亡くしてしまい、喪失感からたった一人の気持ちのよりどころであった兄へのコンタクトを真剣に追い求める少年マーカス。住んでいる国からして全く異なる3人のストーリーが、全く別々に進んでいくが、最後には一つの点にたどり着き、生への喜びを見いだす。3人のストーリーが別々に進んでいくのに、それが繋がったことに安心感すら覚えるような、登場人物達が等身大に悩んでいることがとても身近に感じられるような映像や音響によって、映画に吸い込まれると言うよりそんな世界に自分もいるんだと思わせるようだった。誰にでも起きてしまいそうな日常的なカットであるにも拘わらず、押しつけがましくもない。

もっとも、身近な人の死から生への喜びを見いだすということ自体が、疑問だといわれればそれまでだが、震災の直前に作成公開されたという「偶然」や、全く異なる世界に生きる3人が見えない糸で繋がっているという映画のストーリー構成の「偶然性」は、震災を体験した人にこそ是非ともいオススメしたい映画だと思った。

>iTunes Music Store 映画「ヒアアフター」
 http://itunes.apple.com/jp/movie/id445330960 

Written by DreamSky

10月 22nd, 2011 at 12:10 am

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いつも意識しなければいけない言葉

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あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日

毎日真剣に過ごすことは、ほんとに大変なこと。たまには息抜きもしたい。でも、そんな時にこんな言葉を思い出せば、もう一歩が踏み出せるに違いない。

Written by DreamSky

2月 11th, 2011 at 10:14 pm

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BAND OF BROTHERS Part10 “Points”

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And now the German General begins to address his troops, with great emotion.

GERMAN GENERAL
Männer, es war ein langer Krieg, es war ein harter Krieg.

LIEBGOTT
Men, it’s been a long war, it’s been a tough war.

GERMAN GENERAL
Ihr habt tapfer und stolz für Euer Vaterland gekämpft.

LIEBGOTT
You’ve fought bravely, proudly for your country.

GERMAN GENERAL
Ihr seid eine spezielle Gruppe, die ineinander einen Zusammenhalt gefunden habt, wie er nur im Kampf existiert.

LIEBGOTT
You are a special group, who have found in one another a bond that exists only in combat.

– One by one, the five Americans begin to hear these words as if they’re being spoken to them, too. As such, they experience some of the same emotions as the defeated troops before them, who are certainly touched by their commander’s speech.

GERMAN GENERAL
…unter Brüdern, die Fuchshöhlen geteilt haben, die sich in schrechklichen Momenten gegenseitig gehalten, die den Tod zusammen gesehen und miteinander gelitten haben.

LIEBGOTT
…among brothers who have shared foxholes, who have held each other in dire moments, who have seen death, and suffered together.

The General considers the next words very carefully, as they will be his last to his men. And he says them from the heart:

GERMAN GENERAL
Ich bin stolz mit Euch gedient zu haben.

LIEBGOTT
I am proud to have served with you.

GERMAN GENERAL
Sie verdienen ein glückliches und langes Leben.

LIEBGOTT
You deserve long and happy lives of peace.

The general turns to Lipton.

—————–

サイト名は不明
http://etb1.files.wordpress.com/2009/01/bob-part-10-german-general-surrenders.pdf
より引用。

GERMAN GENERAL:ドイツ人将校  LIEBGOTT:アメリカ陸軍兵

2001年にアメリカで作成された「Band of Brothers」(スティーブン・スピルバーグ監督)の最終話第10話の最後に出てくる、敗戦者側のドイツ人将校が、アメリカの監視の下に同志に向けて行った演説文です。映像の中でドイツ人将校の言葉を米兵が英語に訳しているので、台本上でドイツ語を英語に逐次訳しています。「Band of Brothers」は、第2次世界大戦における米国陸軍パラシュート歩兵連隊の訓練から対ドイツ軍戦勝利・終戦までを描いたノンフィクション作品です。

もちろん、ナチスドイツをよく言うつもりはありません。それに終戦の言葉ですから、とてもそのまま今に当てはめることはできませんが、お互いが兄弟として強い絆で結ばれているという言葉は、今でも皆が等しく心に刻まなければならない言葉のような気がします。

Written by DreamSky

9月 6th, 2009 at 10:58 pm

神の交渉力

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竹内一正『スティーブ・ジョブズー神の交渉力』リュウ・ブックスアステ新書 48(東京・経済界、2008)

米Apple社のCEOである、スティーブ・ジョブズ (Steve Jobs) のいままでの軌跡や数々のエピソードを追いながら、どうして人々から多くの求心力を得、奇跡とも思える売り上げをたたき出しているのか交渉というキーワードから探る本。

ビジネスにはルールがある。契約や約束を必ず守り、相手の信用を得ること。これは当たり前かもしれないけれど、あまりにこれらに縛られてしまうことが自分にもよくある。そんなことを思い出しながら読み進めると、自分の仕事のやり方を見直さなければならない思いに駆られた。

確かに彼には魔力ともいうべき求心力があると思うが、決して周りが彼を支えているわけではない。失敗したとき、不可能なとき、誰もがあきらめざるを得ない状況下でどう交渉するかで結果が大きく変わる。常人の心構えでは自分の望む交渉に話を運ぶことは不可能だ。そこに彼の哲学が存在するようだ。

本書の章ごとのタイトルをあげる、、、、
・「言い方」は「言い分」より交渉を支配する
・弱い味方は潜在的な敵方である
・妥当な案より「不当な案」 で交渉を動かせ
・最善の説得術は棍棒でたたくことだ
・楽観は考えなしだが、悲観は能なしだ
・失敗と思わなければ決定的失敗ではない

衝撃的なタイトルに見える。また、作者はテーマとして「この『やり口』には逆らえない!」と書いている。常人では考えられないような突拍子もないような行動をすることで次々と交渉を成立させていく様をわかりやすく述べたのだろうが、逆に自分は納得する内容だった。情報をいかに支配するか、温情の使い分け、守るときと攻撃するときのタイミング、緩急の判断。保守的になってしまいがちな僕ら凡人は、事柄がいい方向に傾くように(悪くいえば楽なほうに)することだけを考えてしまいがちだが、結局楽な道を選ぶことが、単なる失敗が取り戻せない失敗になってしまったり、大きな売り上げになるはずが大きな負債を抱えることになってしまう。楽じゃない方向に進むことは大きなリスクを伴うわけだが、物事を冷徹に考えたときに最も重要で必要なことを一つ絞り出すということをしてみると、確かにリスクを超えた必要性が見えてくるし、彼の行動も理解できる気がする。

この本を読んでいてもう一つ感じたことは、「自分の価値」という言葉だった。

「会社経営では時には従業員を解雇しなければならないようなつらいこともあるが、そんなときこそ自分が何者で自分の価値が何であるかがわかる。
会社を売れば儲かるかもしれないが、それによってもっと価値あるすばらしい経験をすることを拒否してしまっているのではないか。」(一部編集して引用)

自分の価値は見失いがちだ。でもビジネスではそれを見失ってはいけないと思った。それはアイデンティティーだとかそういう精神的な理由ではなくて、交渉を自分に有利に働かせ、ひいては成功させるために必要な要素だからだと。

Written by DreamSky

8月 31st, 2008 at 2:12 am

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Wikipedia

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最近、Googleの閲覧頻度に勝るとも劣らない頻度閲覧するようになったのが、今更ながらWikipedia(日本語版)だ。

Wikipediaの考え方は、自分がもっとも得意な何かほんの一部分の「知」をもちより、それを集めることで、より正確性の高い、より深度の深い知の集積を作ろうというものだ。人間の知を、ネット上の誰でもが書き込みができるという、大数のメリットと世界同時性のメリットを最大限利用して、より正確な記録として残そうとしている。その考え方は素晴らしいと思うし、今のネット社会には大切な考え方の一つだと思う。ネットをよく使う人なら一度は目にしたことがあると思う。

そのWikipediaについて、おもしろい記事があって、それがWikipediaについてだけでなく、人間の知について僕が考えるところと近かったので、紹介したいと思う。

ASCII:「Wikipediaが弱い部分」
http://ascii.jp/elem/000/000/128/128643/

(リンク切れの場合には、こちら

このなかで、筆者が

「自分で文章を書いているつもりが、自分は単なる合成機で「こっちにある知識」と「こっちにある情報」にたまたま脳みその中に残っていたものをブレンドしているだけではないか?
 つまり、人間は「情報合成機である」というようなことを常々感じている(以下省略)」

と書いているところにもっとも共感してしまった。本来この筆者が言いたい記事の目的とは違うけれども。

よく考えてみると、Wikipediaは既に世の中に存在することを集めているに過ぎない。現在その言葉があること、その技術やものが存在していること自体は、人間の治が生み出したものではあるかも知れないけれど、全く存在しないものを書いてはいない。
それに、人間は毎日たくさんの新しいものを生み出してはいるけれども、本当に「新たに生み出したもの」ってどれくらいあるんだろうっておもう。先程の記者が言うように何かと何かを合成して新しい形にリフォーム(reform)していることが、人類の発展と錯覚してはいないだろうか。
リフォームすることだって、大変なことだし、Wikipediaの知識に到底達するわけではないけれども、新たなものを生み出してはいないと言うことをWikipediaを使えば使うほど感じてしまって、なんとなく悲しい。

Written by DreamSky

4月 28th, 2008 at 2:33 pm

東芝のHD DVD事業撤退に思うこと

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東芝のHD DVD撤退の発表から、まだ数週間しか経っていないのに、その後三菱電機の携帯電話事業撤退、パイオニアのプラズマパネル生産撤退、マクセルのメディア事業撤退など、撤退ネタ(しかも完全撤退)等が連続しすぎていて、ずいぶんなりを潜めてしまった感じですね。
撤退の発表直後には、大手電気店からはHD DVD搭載機種の撤去が始まり、関連各社にも影響が出ました。東芝の公表文に「DVDの規格競争により、消費者にも影響が出るために、早期に東芝の立場を明確にした」とあるように、当初誰もが予想していた規格競争よりもずっと短期に標準化が決定してしまいました。ある意味では東芝がこれからも体力を削り続けてHD DVD陣営を引っ張っていくだけの力が余り残っていないし、残っていたとしてもNAND型フラッシュメモリーに代表される半導体事業に全精力を傾けたいところで、「余計な」事業に投資している場合でもないのかも知れません。
ところで早速本題なのですが、2月19日に発表された東芝のHD DVD事業撤退ですが、僕はこの撤退  というより、「ブルーレイが選ばれた」ということに非常に疑問を持っているのです。
・なぜHD DVDではなくて、ブルーレイなのか

・HD DVDが撤退したらブルーレイが標準となるのか

・なぜ選ばなくてはならないのか
今回は映像メディアの戦いだったこともあり、ビクターとソニーのVHS vs ベータ戦争がよく引き合いに出されました。VHS vs ベータ戦争のときはメディアそのものの性能如何ではなく、メディアを使って商売をする映画会社を取り込むことで結果的にVHSの圧勝になったと、分析されています。今回のHD DVDとブルーレイの戦いにおいても結局その面が強かったように思います。
当初、「ウォルト・ディズニー」「20世紀フォックス」「ソニー・ピクチャーズエンターテイメント」が支持するブルーレイに対し、「ユニバーサル・ピクチャーズ」「パラマウントピクチャーズ」が支持するHD DVDも結局「ワーナーブラザーズ」がブルーレイについたことで決着がついたという感じがします。
規格の面で両者を見てみると、ブルーレイは大容量、HD DVDは従来の規格を引き継いだ低価格を売りにしていました。最終的にはブルーレイ陣営のディスク、再生機器等の価格が下がったことで、大容量+そこそこ低価格のブルーレイが勝ったという感じでしょうか。
でも、何かユーザーの視点に立っているわけではない競争に思えてならないのです。映像ソフトの作成者は直接ユーザーに買ってもらう映像ソフトをブルーレイ陣営に所属することで「安く」提供しようとしているし、ハード会社だって同じことを考えています。でも、・・・・

(all about「次世代DVDはブルーレイ? or HD DVD?」より)
しなしながら、開発メーカーにとっては、特許料を「得るか」、「支払うか」では雲泥の差が有りますので、両陣営そう簡単に譲る訳にはいきません。 コンテンツを供給するハリウッドの映画会社の支持を得て、優位に立ちたいところです。

ということもあるのです。
両方式には一長一短があって、ユーザーの視点からなら「どちらでもいい」話に違いありません。
?今まであるものを土台にして、それを崩して新しいものを作り上げる? 日本人がもっとも得意とするやり方です。もちろん日本人だけではなく世界中の、そしていままで多くの人類がそうして近代化を果たしてきたのだと思います。しかし、なぜ新しくなければならないのでしょうか。なぜ一つでなければならないのでしょうか。今回の東芝の撤退は東芝の事業戦略の誤りを認めざるを得ないのかも知れません。でも、必ず新しい、もっとも高性能なものをつくることが、新しい未来への入り口だという考えを、ちょっと横に置いてみれば、よりコストのかからないブルーレイほど高性能じゃないかも知れないけれども、現行規格から考えれば十分高規格化したHD DVDだって十分な機能を備えているはずです。
それに、今時DVDは映像ソフトを提供するためだけのメディアではなく、「データを保管」するメディアとしても有効なわけですから、なにも「標準化」という魔法のような言葉のもとに技術を捨てる必要はないと思うのです。
ISOをはじめとして、業務の作業手順からねじの規格にいたるまで、確かに標準化することによるメリット(マスコラボレーション、コスト、ユーザー保護)は計り知れないのですが、古いものを切り捨てて新しいものを導入することが標準化なのでしょうか。
僕は東芝とは全く関係ないけれども、今回のブルーレイ vs HD DVDの規格競争をみていて、あまりにも愚かに感じてしまってエントリーしました。
*東芝 プレスリリース(2008年2月19日)(PDF)

Written by DreamSky

3月 7th, 2008 at 5:01 pm

キボウのカケラ ワンクリック募金

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みんなもやってみない?ワンクリック

「難病の子どもの夢を実現」「カンボジア教育環境整備」が、みんなのワックリックの集まりで実現できるんです 自分で払うわけではなくて、ワンクリックに応じてKDDIが払う仕組みです。
サイト自体もちょっとかわいいから、それだけでも一見の価値ありかな?

仕組みは・・・
1.参加する支援プログラムを選択します。
2.メッセージに従って画面をクリックすると、キボウのカケラが生まれます。
3.キボウのカケラは1つに集められ、大切に保管されます。
4.参加者が増えると、キボウのカケラもどんどん増えていきます。
5.キボウのカケラが十分集まった段階で、1カケラ=1円として、KDDIが支援先団体に寄付します。

ってかんじです。

なにせ「ワンクリック」なので、一日1プログラムにつき1回しか募金できないんです。つまりみんなが集まればそれだけたくさんの募金ができるんです。残念ながら携帯からはできないけど、一日一回募金してあげよう!

KDDI「キボウのカケラ」
http://www.kddi.com/corporate/kddi/csr/kibou/

Written by DreamSky

8月 18th, 2007 at 11:43 am

光に照らされることと光が見えることの違い

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この違いをどう理解すればいいのか、よく分からないけれど、これらは同じ事でありながら、人間には明らかな違いに感じられる

例えば、遠くに見える飛行機や船、建物の明かりは、辺りが暗ければ間違いなく見ることが出来る

しかしその明かりが消えても、点いていても自分のいる場所の明るさは変わらない

それがひとたび目の前で明かりが点けば、その明かりによって照らしだされた自分はの後ろには、うっすらとでも影が出来る

この二つの違いは、明かりが届いているか見えているだけかだ

どんなに近くに光があっても、何かを照らすにはある程度の光量が必要だ

科学的には、光が見えることと光に照らされるということのに違いはなく、いずれも光が届いているとするのだと思う

しかし、光の側に立つと、影がでる部分しか照らしていないと思っているのではないか

このことを科学的にはもっと深く理解したいところだが、今回はそうではない

このことは、僕に二つの教訓を示してくれている

一つは、自分のやっていることは遠くにいるひとにでも伝わり、どんな人にでも見えているということ

そしてもう一つは、自分が見えていない人にも、自分の影響は必ず及んでいるということだ

灯台もと暗しとはよく言ったもので、人間は自分の足元ですら見えていない生きものなのだ

それが自分が見えていると認識していないところなど、まったく感知しない

この世のなかで二つ目に創造された光ですらそうなのだから、人間はもっと一つ一つ意識的に生きていかなければならないとおもった

目で見ることが出来ないところまで考えて過ごすことはもしかしたら非常につらいかもしれない

でも、それが欠けてしまって私利私欲だけになりつつあるから、いま社会のバランスがとれなくなっているのではないだろうか

人と違うことや、オリジナリティがなければ自分のアイデンティティーが見えないと思うかもしれないけれども、意識しなくたって、人のことを考えることが、今では自分のアイデンティティーではないだろうか

Written by DreamSky

6月 30th, 2007 at 9:38 pm

京都市内住所のあれこれ

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最近住所を頼りに京都の町で目的地を探さなければならないことがあって、ホントに苦労しました。その教訓から、そしてせっかくだから日本人ならしっとかなきゃということで、京都市内の住所についてあれこれまとめてみることにしました。

知っている方はたくさんいるとは思いますが...

二重住所

そもそも京都の住所の表記には二つあるそうです。1200年前から使われている通り名を基準にした住所(地番表示)と、○町○丁目○番○号(住居表示)が存在するというのです。ワケはあとで書くことにしますが、どちらでも正しい表示ですが、京都市は地番表示を採用しているため、市役所等で住民票を取ると地番表示で記載されているそうです。ただし、地番表示が行われているのは京都中心部のみで、郊外では住居表示なのだそうだ。



上下東西

そもそも、京都で使われている住所はどんなものかを、具体例を挙げながら説明してみましょう。

「京都市中京区寺町通御池上ル上本能寺前町」

これは、京都市役所の住所。

京都市中京区まではいいのですが、そのあと「寺町通御池上ル」と「上本能寺前町」が問題です。

前者が京都人以外の人にわかりにくい通り名での表示の部分。これは、通りの名前を2つ合わせて交差点を表し、その交差点からどちらに行ったところかで住所を表します。

 上ル(北側に入った場所)

 下ル(南側に入った場所)

 東入ル(東側に入った場所)

 西入ル(西側に入った場所)

といった具合です。

ただこれでは恣意的になってしまってどこを基準にして東西南北なのかわかりませんよね。それは、天皇の視線で内裏から平安京を見たときの視線で判断します。ですから「上ル」「下ル」も、地図上で交差点から「上に行く」「下に行く」ということではなく、内裏に近い方が「上」なので、内裏に近づく方向を「上ル」、遠ざかる方向を「下ル」というそうです。

だから京都駅から見て西側(左側)の街が「右京区」と東側(右側)の街が「左京区」となるわけですね。ただし、あくまでも天皇のいた時代の内裏ですから、平安京の大内裏の場所と言うことになりますので、現在の京都御所の場所とはだいぶちがうようです。

話はそれましたが、後者は実際の町名です。

合理性

ややこしいとは思いますが、少し考えてみると、とても合理的な表示の仕方だと思います。

最大の長所は、初めての人でも地図がなくても目的地にたどり着くことができると言うこと。町名や番地というのは地図の中から探して、その行き方を探して...という具合で地図がない状態で行くのは結構厳しいものがあります。一方で、地番表示方式にしていると道の名前と場所さえ覚えていれば京都中どこでもいつでも、はじめてでも必ず目的地にたどり着くことができると言うことになります。

理由

こんな状況になったのには当然ながら理由があります。もちろんそもそもそういう文化であったということや、町の作りが碁盤の目のようになっているなど地理的な部分も大きい(これが理由で碁盤の目になっていない郊外は住居表示になっている)のですが、それ以外にも、

1.京都市内の町名は、他の区域のように一つとは限らないためどこのことだか特定できない

2.一つの町が非常に小さく数がとても多いので、通り名で特定する方が合理的で確実

ということだそうだ。

でも、この考え方は日本では非常に珍しいけれども、海外の多くの場所で採用されている考え方ですよね。NYだってそうです。

自分の標準・基準がなんなのかとても考えさせられる一件ですね。もし何か他にも書き足すことがあれば随時書き足していくつもりです。

Written by DreamSky

2月 20th, 2007 at 11:47 am

70年前に贈られたメッセージ

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1940年にドイツ帝国によるユダヤ人迫害が深刻化していくころ、アメリカで公開されたチャーリー・チャップリンの有名な映画「独裁者」。それからもう70年近くが経とうとしているけれども、この映画の一番最後を締める皇帝ヒンケル(実はヒンケルそっくりの床屋のチャーリーの言葉だが)の演説は、わざわざ視聴率を落としてまで全世界に伝えたかった彼の言葉だが、むなしくも今でも色あせることがない。

最近になってこの最後のシーンは実は台本では演説の予定はなく、兵士達が喜んで踊り回るところで終わることになっていたことがわかった。

自ら書いた台本を直前で書き換え、監督として、(役柄で)皇帝として、(役柄で)一ユダヤ人として、そしてチャーリー・チャップリンとして、今自分が言わなければならないと思ったその言葉が少しでも早く色あせるような世の中になってほしいとおもう。

あ、しかしどうでもいいことだけれども、化粧していないチャップリンってすんごいかっこいいよね!

対訳で引用します。

I’m sorry but I don’t want to be an Emperor. That’s not my business.

I don’t want to rule or conquer anyone.

I should like to help everyone if possible, Jew, gentile, black man, white.

申し訳ない 私は皇帝になりたくない

支配はしたくない

できれば援助したい ユダヤ人も黒人も白人も

We all want to help one another, human beings are like that.

We all want to live by each other’s happiness, not by each other’s misery. We don’t want to hate and despise one another.

In this world there is room for everyone and the earth is rich and can provide for everyone.

人類はお互いに助け合うべきである

他人の幸福を念願として お互いに憎しみあったりしてはならない

世界には全人類を養う富がある

The way of life can be free and beautiful. But we have lost the way.

Greed has poisoned men’s souls has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.

人生は自由で楽しいはずであるのに

貧欲が人類を毒し 憎悪をもたらし 悲劇と流血を招いた

We have developed speed but we have shut ourselves in, machinery that gives abundance has left us in want.

Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind.

スピードも意思を通じさせず 機械は貧富の差を作り

知識をえて人類は懐疑的になった

We think too much and feel too little,

more than machinery we need humanity,

more than cleverness we need kindness and gentleness,

without these qualities, life will be violent and all will be lost.

思想だけがあって感情がなく

人間性が失われた

知識より思いやりが必要である

思いやりがないと暴力だけが残る

The aeroplane and the radio have brought us closer together.

The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood for the unity of us all.

Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children,

victims of a system that makes men torture and imprison innocent people.

To those who can hear me, I say “Do not despair”.

航空機とラジオは我々を接近させ

人類の良心に呼びかけて 世界をひとつにする力がある

私の声は全世界に伝わり 失意の人々にも届いている

これらの人々は罪なくして苦しんでいる

人々よ 失望してはならない

The misery that is now upon us is but the passing of greed,

the bitterness of men who fear the way of human progress,

the hate of men will pass and dictators die,

and the power they took from the people will return to the people,

and so long as men die, liberty will never perish.

貧欲はやがて姿を消し

恐怖もやがて消え去り

独裁者は死に絶える

大衆は再び権力を取り戻し

自由は決して失われぬ!

Soldiers, Don’t give yourselves to brutes,

men who despise you and enslave you – who regiment your lives,

tell you what to do, what to think and what to feel,

who drill you, diet you, treat you as cattle, as cannon fodder.

兵士諸君 犠牲になるな

独裁者の奴隷になるな!

彼等は諸君を欺き

犠牲を強いて家畜の様に追い回している!

Don’t give yourselves to these unnatural men, machine men, with machine minds and machine hearts.

You are not machines. You are not cattle.

You are men.

You have the love of humanity in your hearts.

You don’t hate, only the unloved hate. Only the unloved and the unnatural.

Soldiers! Don’t fight for slavery, fight for liberty.

彼等は人間ではない! 心も頭も機械に等しい!

諸君は機械ではない!

人間だ!

心に愛を抱いてる

愛を知らぬ者だけが憎み合うのだ!

独裁を排し 自由の為に戦え!

In the seventeenth chapter of Saint Luke it is written “the kingdom of God is within man” -

not one man, nor a group of men – but in all men – in you, the people.

“神の王国は人間の中にある”

すべての人間の中に! 諸君の中に!

You the people have the power, the power to create machines, the power to create happiness.

You the people have the power to make life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.

諸君は幸福を生み出す力を持っている

人生は美しく 自由であり すばらしいものだ!

Then in the name of democracy let’s use that power – let us all unite.

Let us fight for a new world,

a decent world that will give men a chance to work, that will give you the future and old age and security.

諸君の力を民主主義の為に集結しよう!

よき世界の為に戦おう!

青年に希望を与え 老人に保障を与えよう

By the promise of these things, brutes have risen to power, but they lie.

They do not fulfil their promise, they never will.

Dictators free themselves but they enslave the people.

独裁者も同じ約束をした

だが彼らは約束を守らない!

彼らの野心を満し 大衆を奴隷にした!

Now let us fight to fulfil that promise.

Let us fight to free the world, to do away with national barriers, do away with greed, with hate and intolerance.

Let us fight for a world of reason, a world where science and progress will lead to all men’s happiness.

Soldiers! In the name of democracy, let us all unite!

戦おう 約束を果す為に!

世界に自由をもたらし 国境を取除き 貧欲と憎悪を追放しよう!

良心の為に戦おう 文化の進歩が全人類を幸福に導くように

兵士諸君 民主主義の為に団結しよう!

Hannah, can you hear me?

Wherever you are, look up Hannah.

ハンナ 聞こえるかい

元気をお出し

The clouds are lifting, the sun is breaking through.

We are coming out of the darkness into the light.

We are coming into a new world.

A kind new world where men will rise above their hate, their greed and their brutality.

ご覧 暗い雲が消え去った 太陽が輝いてる

明るい光がさし始めた

新しい世界が開けてきた

人類は貧欲と憎悪と暴力を克服したのだ

Look up Hannah.

The soul of man has been given wings – and at last he is beginning to fly.

He is flying into the rainbow – into the light of hope, into the future,

the glorious future that belongs to you, to me, and to all of us.

Look up hunna. Look up.

人間の魂は翼を与えられていた やっと飛び始めた

虹の中に飛び始めた 希望に輝く未来に向かって

輝かしい未来が君にも私にもやって来る 我々すべてに!

ハンナ 元気をお出し!

(映画「独裁者」演説全文)

Written by DreamSky

12月 7th, 2006 at 3:46 pm

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